ズリハンのこと...

 ズリハンは4人きょうだいです。両親と兄、妹、弟と暮らしています。
  治療費支援キャンペーンを始めるにあたって、お母さんにズリハンの病気のいきさつをききました。


妹と(2004年6月)

妹はお医者さんになってお姉ちゃんの治療をするのが夢

 ズリハンは8ヶ月の早産で、出産時の医師の処置が不備だったため脳性麻痺の障害が残りました。「早産の子は出生後のある期間を生き延びれば生命力が強い」という昔からの言い伝えどおり、障害はありましたが、流行病にかかることはほとんどありませんでした。
 そのころはロシアからの独立気運が高まってあちこちで小競り合いは起きていましたが、まだ平和でしたから、あちこちの医療機関をまわり、治療を受けさせました。
 1999年に何度目かの手術を受け、術後安静中に第二次チェチェン戦争が始まり、私たち一家が住んでいた村も大爆撃を受けました。安静にして適切な回復訓練をを受けなければならないときに長い間地下室に避難していなければなりませんでした。
 そのため手術前よりもっと悪くなりました。
 戦争が激しくなったので2000年にバクーに移りました。戦火を逃れ、子どもたちを学校に通わせ、ズリハンの治療を続けたかったのです。 バクーに行けば子どもたちの教育も、治療も受けられると思いました。
 でもその夢は叶いませんでした。バクーの物価は高く、医療費は有料で、しかもチェチェン人児童は公立学校から閉め出されていました。爆弾が降って来ないだけチェチェンよりはましでしたが。

 UNHCRやユニセフなど難民や子どもを支援している団体をまわって治療できる道をさがしましたが、どこも誰も願いを聞き届けてはくれませんでした。
 日本からお友達がたくさん来て、励ましてくれるのが唯一の生きる希望でした...
 
 
 
 妹に協力してもらって仕上げた刺繍作品

ズリハン治療費支援募金詳細  ズリハン治療費支援募金のお願い  

HOME  チェチェンについて  子どもたちからのたより  会について  活動報告
全ての文章及び写真に関する著作権はチェチェンの子どもを支援する会に属します。
文章及び画像の無断転載を禁じます。
Copyright 2001-2007 チェチェンの子どもを支援する会 All rights reserved