2003年5月の視察をうけて企画した支援事業報告
(2003年後半11月〜2004年3月)

■チェチェン難民の子どもたち、地元の公立学校へ
 2003年9月からUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の仲介でチェチェン難民の子どもたちが4年ぶりに学校に戻れることになりました。この決定がなされたのは8月に入ってからで9月の新学期には間に合わなかったのですが、それでも新一年生を中心に数百名が地元学校に入学しました。しかしその一方で難民の生活は一層きびしくなりました。国際イスラム団体から毎月支給されてきた「食糧を含む生活物資の支給」が2003年11月をもってうち切られたからです。支給品に頼って生活してきた人たち、支給品を節約し、浮かせた部分を売って生活費の足しにしていた人たちは大打撃をうけました。何の予告もなかったので人々は乱れ飛ぶ噂に振り回されて年の瀬をむかえました。

 チェチェンの子どもを支援する会は5月の視察をもとに立てた支援計画に沿って、全国から寄せられた募金をもって第4期支援事業を実施しました。11月から計6名のボランティアがバクーに入りました。

■子どもセンターラードゥガに民族衣裳と楽器を支援

戦火に追われて故国を離れ数年がすぎました。帰還のあてのない外国暮らしで子どもたちはチェチェン人としての伝統文化を忘れつつあります。自国の文化を継承するためにも、真の意味でアゼルバイジャン人と共存するためにも、きびしい生活を生き抜くためにも、難民の子どもたちに民族楽器と衣裳は必要です。しかし、文化継承に関してはUNHCRは支援しにくい状態にあります。そこで本会のような小さいNGOだからこそできる支援として楽器衣裳購入費2000ドルを寄付することにしました。

ハバ先生の学校に事務用コンピュータ一式を支援
UNHCR の支援がついていたので大がかりな支援活動は撤退することになっていましたが、それでも生徒に配るプリントを人数分手書きするような状態でした。学校事務の簡素化にコンピュータがどうしても必要と判断しました。

■年齢は修了年齢に達していても学校教育プログラムは修了していない高学年女子生徒のための手芸講座開講
 2004年1月 UNHCR/HAYAT(現地NGO)の要請を受けて開講したものです。発起人はハバ先生で高学年女子生徒のためにスキルアップが必要であることを主張してUNHCRや各支援団体に要請書を提出していました。この年になってようやくUNHCRから講師手当が支給されることが決まり、材料費のドナーとして本会に要請がきました。金額としては200ドルでしたのでハバ先生の学校に10人、子どもセンターラードゥガに10人という条件で了承しました。 3月にはハバ先生の学校で選外となっていた女子生徒のために教室を拡張しました。はじめに提供した材料費100ドル分はすでに使い切ってあったのでさらに100ドルを追加し、新規に参加した生徒達のための100ドルを追加支援しました。
←写真(熱心に授業をうける生徒たち)
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(受講者枠が拡張されたので念願かなって参加できた姉妹)

 講師のアゼルバイジャン芸術家協会会員であるシャーラ・アスケロヴァさんの熱心な指導と、吸収できることは何でも吸収する、という子どもたちの熱意で予想以上の評判を呼びました。 (アゼルバイジャンと日本では年度替わりの時期がちがうので手芸教室のはじめの部分は2003年度として計上しています。2004年4月から2004年度となります)

 こうした支援活動とは別に日本の子どもたちとの交流が実現しました。小学校6年生の総合の時間に招かれてチェチェンの状況を説明したのがきっかけで子どもたちが描いた絵とチェチェンの話を聞いた感想文をもってハバ先生の学校を訪問しました。その絵と作文を見て特別授業が開かれました。このときに書いてくれたチェチェンの子どもたちの絵と作文は こちらに掲載してあります。


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