はじめてのバクー滞在記(2004年12月30日〜2005年1月6日)
チェチェンの子どもを支援する会ボランティア
A・N記
アゼルバイジャンの印象
定刻通りに到着したのにビザ発給係のおじさんがどこか散歩に行っていて30分ぐらい待たされた。国際空港でこれだ!牧歌的。
町中は作ってるんだか壊してるんだか判らない建築中のビル軍団。建設ラッシュの真っ只中といったとこか。滞在予定だったウィ−クリ−マンションは半年前より1.5倍もはねあがっているという。鍋元さんによれば日本にもこんな時期があったらしい。
子どもたち
冬休みということもあり学校は休みだったが、保育園的な要素も強いラ−ドガでは小さい子が登園していた。2時頃から中学年くらいの子どもが集まってきた。基本的に年上の子は男女問わず下の子の面倒をよく見る。遊んでいる子供たちを見ていると日本の子どもたちと変わらないような気さえするが、鍋元さんに子どもたちの家庭環境を聞くとかなりキビシイ状態である。それでも人をうらやんだり、物を欲しがったりする子はいないようだ(それに比べて大人の世界はドロドロしているかも)。
ちっちゃい子はやっぱり素直でいいなぁなどと呑気なことを思っていると鍋元さんが「たま-に支援なれしてしまっている子もいる」と言う。こんな劣悪な環境で綺麗事は通らないか、とやりきれない気持ちになった。子ども達の入れ替わりも多い。前の写真をみていてもこの子はもう来ていないなどということも多々ある。公立校へ移った子もいるだろうが生活が成り立たなくなりチェチェンへ帰った人達もいるのだろう。UNHCRの難民への支援金は3ヶ月サイクルで申告が通らなければ3か月は何も無しだから。
チェチェン人
短い時間ではあったけど鍋元さんの軽いフットワーク(本人は今やバクー人よりバクーに詳しい、と豪語している)のおかげて色んな人に会う事ができて大変意義のある旅行だった。とりわけハヴァ先生のお母さんはとても印象深い。ユ−モアがあり頭の回転が速くチェチェン人の誇りを内に秘めた人だ。そんなDNAがその娘であるハヴァ先生にしっかりと受け継がれている気がした(誇りと言えば小さい子ほどちゃんとしたレズギンガが踊れる人とでないと踊らないというプライドの高さに驚き!なんとなく踊ったりはしないのだ!)
チェチェンの人達は昔の日本のように男女の役割がはっきりとしている。10才ぐらいの男の子をつれてバスに乗ると、母親は小学生の男の子にバス代を手渡して払わせる。タ−ニャ(子どもセンターラードゥガの責任者)は「お金を払うのは男の仕事なの」と話してくれた。小さくても一人前の男として扱うのだ。
到着して最初に気づいたのは「チェチェン人はおしゃれ」だということだ。とりわけその意識は男の人に強い。写真を撮るよ、と言ったら鏡のところにすっ飛んでいくのは男の方だ。(バク−に行けば必ず鏡をみている男の子に遭遇するはず)。デジカメで変な写真を撮ろうもんなら画像を消すまでつきまとわれる。伊達男軍団恐るべし。ちなみに女の子はきゃーきゃー言うだけで「削除」までつきまとうことはない。チェチェンの子どもにカメラを構えるとすぐポーズをとる。抜き打ちで撮られるのが好きじゃないみたい、というよりカッコよくとって欲しいんだね〜みんな。
一方女の人はよく働きおしとやか、しかし芯は強いという感じ。一筋縄では行かないのは女の人の方かもしれない。
帰り際、男の子達がサッカ−をしているのを見ていた。手を使ったの使わないのと大喧嘩だ。それを見て大笑いをしている私を見て上のお兄ちゃんたちも笑っていた。こんな普通の風景が早くチェチェンに戻るように祈るばかりだ。(祈ったぐらいでなんとかなりゃ-世話無いよ!)今年こそ頑張って働きます!
追記
(すでに年末年始休暇に入っていて実際の活動に接することはなかったので)
アゼルバイジャンのNGOフォーラム“HAYAT”
現地のNGOと連携が取れるようになったのは良かったと思う。
国連や他のNGOの窓口になっていることもあり、チェチェン人側からではない情報をより得やすくなったからだが、相手のペ−スに乗せられないように細心の注意が必要のようだ。つかず離れず、言うべき事はいうというスタンスをキ−プしていこう。
手芸教室の作品
前の絨毯風的な刺繍から、ビ−ズを使った刺繍・編物などにバリエ−ションが増えていた。ビ−ズの刺繍なんかは日本でも受けそうなカンジがしたが(ツモリチサトやコキュみたいなカンジでかわいい)いかんせん、向こうの人たちは実用性という感覚があまりないようだ。たとえばネックレスでもバックのショルダ−でも綿の糸を使ったりするものだからすぐに切れる。勿論テグスが高いという問題もあるがそれだけではないようだ。鍋元さんの解説によれば、芸術は芸術、実用品は実用品ときっちりわけていてその辺の感覚が日本と違うそうだ。日本ではいくらカワイクても実際使える物じゃないと売れないだろう。子どもたちの作品を日本で作品を売るとなるとポ−チや小銭入れみたいな物の方が売りやすそう。
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